夢成塾
- 総合戦略プロデューサー(total strategics producer)
- 1956年、大阪西成区釜ヶ崎生まれ
- 賞罰なし
1956年(0歳)〜
- 大阪は下町・西成区
“地図に無い街”と言われた、西成警察署の隣「釜ヶ崎」に生まれ育つ - 萩之茶屋小学校でサッカーを始める
- 今宮中学校 サッカー部 創設メンバー(一期生)
- 初芝高校 サッカー部(2年生時社会人(関西リーグ)に飛級)
- 社団法人 大阪スポーツマンクラブ・サッカー部へ入部(関西リーグ)
1976年 春(19歳)
- 大阪スポーツマン・サーフクラブ「OLIVE」創設、総合プロデュース
※日本最大のサーフィンクラブの組織となる(約1800余名)
※サーフィンブームが訪れる
※同時に周防町筋〜御堂筋西側〜四ツ橋筋の間にアメリカ村が出現し、ファッション・音楽・文化・スポーツの発信地域として次第に活況を呈していた
1978年(21歳)
- “海の景色を救え!Save Ocean’s Scene ”(SOSキャンペーン)
企画・実施・総合プロデュース
クラブメンバーによる全国の海岸にゴミ箱設置活動 - サーフショップ「OFF THE WALL」初代店長 (大阪市浪速区芦原橋)
1979年(23歳)
- 本格的にプリント(シルクスクリーン)事業を始める
- 自宅を事務所として個人商店「ウェスト・ヴィレッジ」設立、その後南本町に事務所開設
- 大阪を中心とした「サーフショップのオリジナルTシャツ」などの制作を手がける
- サーフショップと組んでハワイツアーを企画、ハワイ・バリ島・西海岸など毎年サーフィントリップ渡航
- なんばぴあ「サーフショップ」、心斎橋鰻谷「飲食店」、堺東高島屋「プリントショップ」、アメリカ村「Tシャツ専門店」、サーフィングッズ卸業を営む
※大阪 アメリカ村を中心に、商売と遊びを満喫する“第3の青春時代”
1984年(27歳)
- 「ウェスト・ヴレッジ」倒産(個人破産)により、全ての財産を没収(差し押さえ)され無一文となり、冷たい世界に体一つで放り出された
- 保証人であった父親の自宅や財産(退職金)も没収された
- 債権者の1人が“某組織”に私の抹殺を依頼、逃亡先の飯場で拘束され深夜に砂浜に埋められたが、朝焼けの砂浜で犬の散歩に来ていた老人に助け出され、九死に一生を得た
- その後、他の組織に監禁され数ヶ月後に解放、自由の身となったが、先が真っ暗で何も見えない事から自殺を決断…
- 死ぬ前に“生きてきた証”として、知り合った人の名前を大学ノートに書いて遺書にすることにした…1000人位に達した時に、、何故か「死ぬ事をやめ生きていこう!」という考えに変わった…
そして、新たなる人生へ舵を切ることになる
1986年(30歳)
- アクションスポーツブランド「ADECTO」の総合プロデュース
- サーフィン・スノーボード・ジェットスキー・ウィンドサーフィン・スケートボード・フィットネス・ウェイクボード・インライスケート・BMXなどのウェアー、ウェットスーツ、時計、リュック、グッズ等のブランド総合プロデュース
1995年(39歳)
- 1月17日、宝塚市にて阪神・淡路大震災に遭遇
- この年の暮(40歳)、本格的に東京へ進出
- カルチャーコンビニエンスクラブ社(CCC、レントラックジャパン)と組み、全国のTSUTAYA店舗に「WEVCOアクションスポーツ」コーナー展開をプロデュース
- デイトン、エアースタイル、ゴルフダイジェスト社、ソニー、ビクター等のビデオなども導入プロデュース
1996年(40歳)
- 春、自主制作映画の映画祭「インディーズムービー・フェスティバル」(Indies Movie Festival:IMF)の企画立上げ、運営までの総合プロデュース
- 1996年から2008年まで12年間で(予告通り)全10回開催で終了した、自主映画の映画祭
- この映画祭をきっかけに北村龍平監督(『VERSUS -ヴァーサス-』『ゴジラ FINAL WARS』『あずみ』『ルパン三世』)など、数多くの監督・役者・映画関係者、イベント「IMF SUMMIT」にて三味線アーティスト吉田健一(吉田兄弟)、書道家 武田双雲(特大筆)等がデビューしている
- ※映画祭の立上げ(第1回)はTSUTAYA(CCC子会社レントラックジャパン社)と組む、2回目からはTSUTAYAは協力として参加
- ※2008年夏、当初の予告通り全10回の開催をもって終了
2000年(44歳)
- 劇場用映画製作 第一弾『VERSUS』(監督:北村龍平)の総合プロデュース
・東京国際ファンタスティック映画祭2000
・ジェラルメール国際ファンタスティック映画祭2001(フランス:ワールドプレミア上映)
・ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2001(千葉真一賞:ファンタランド女王賞受賞)
・CINEASIA映画祭2001(ドイツ:オープニング上映作品)
・JAPAN FILM FESTIVAL(ドイツ:オープニング上映作品)
・日本インディペンデント映画祭(優秀監督賞受賞)
・ローマ国際ファンタスティック映画祭(イタリア:最優秀監督賞受賞)
・トロント国際映画祭(カナダ:ミッドナイトマッドネス部門、オープニング作品、北米プレミア上映)
・シッチェス国際ファンタスティック映画祭(スペイン)
・新藤兼人賞2001(銀賞)
など
2005年(49歳)
- ディレクTVにて、アクションスポーツ専門ch「WEVCO TV 」開局
- 同時にウェヴコ・ティービー・ジャパン株式会社をCCCと50対50で設立
- 50歳直前に糖尿病の診断、直後からスポーツジムに通い肉体改造成功
2007年(51歳)
- ググっと〈大好き〉フリーマガジン[Buff]出版総合プロデュース
※現在進行中
2008年(52歳)
- 春、株式会社ペコカンパニィー(チームペコ http://team-peco.com/ )総合プロデュース
※現在進行中
2009年(53歳)
- 冬、完全自主制作映画祭「Black-indie! “Road of Black Carpet”」(ブラック・インディ! 〜ロード・オブ・ブラックカーペット〜)総合プロデュース
※2012年終了
2011年(55歳)
- THE FILMS COMMUNE(ザ・フィルムズコミューン)
“映画づくり” “人づくり” は “街づくり” をコンセプトとした、全国地域のまちおこしプロジェクトとして地域主体の“映画製作”プロジェクトを総合プロデュース
“小野川映画”、“三河映画”、“大阪映画”、“池袋・伊勢志摩映画”を展開中
※現在進行中
2013年(57歳)
- なにがなんでも「ぽてちん!」の総合プロデュース
※現在進行中
プリン・カステラ・飲料水・運動用特殊衣服, プリン,その他の菓子及びパン,まんじゅう,茶,コーヒー,ココア,氷 飲料水,清涼飲料,果実飲料,飲料用野菜ジュース,ビール,ミネラルウォーター,炭酸水 等の商品開発及びライセンスビジネスプロデュース - 大阪事務所 開設
2015年(59歳)
- 10月「ぽてちん!食堂 研究所」開設
- 11月25日「ぽてちん!カレー」オープン
- People Ecology(ピープル・エコロジィー)プロデュース
2017年(61歳)
- 地域活性化映画祭「Cinema Circuit」始動
- 9月、立ち吞み「びんびん」オープン
現在に至る。
上記は私の経歴から、一部抜粋して記しております。